第二次世界大戦が終わって67年が経つ。だが、ワシントンDCで12月7日を過ごすと、戦後は続いていることを痛感する。
ヘリテージ財団では、真珠湾攻撃の日に先駆けて、映画オナー・フライトのダン・ヘイズ監督とプロデューサーのクレイ・ブロガがスピーチを行った。私は、ある程度の高齢の監督を想像して会場に入ったら、2人とも30代前後の若者であった。
この映画は、ウィスコンシン州に住む第二次世界大戦の生き残りの兵士に、ワシントンDCの第二次世界大戦メモリアルを訪問させるというプロジェクトの記録である。
ヘイズとブロガはオナー・フライトのプロジェクトを聞き、映画として残すべき、と考えたという。
この映画は、ワシントンDCではプレスセンターと連邦議会、そして真珠湾攻撃の日には、軍人御用達のコンスティチューション・ホールで、合計3回、放映された。
連邦議会での放映チケットは1週間も前から売り切れ、私が行ったコンスティチューション・ホールもほぼ満員であった。子供連れも多く見かけた。
この映画に行くにあたっては、勇気が要った。日本人嫌いな人たちがいるのではないか、とか。会場に入るや全くの杞憂であった。記者友達と「日本語で話しないほうがいいかもね」とドキドキしながら出かけたが、会場の雰囲気は清清しく明るい。私たちは開演までの時間、けっこう大きな声で日本語で話していた。誰も気にする風情もない。
果たして映画は、ヒューマンドラマとして良いで出来栄えだった。素直に感動した。周囲のアメリカ人からはすすり泣きが聞こえていた。第二次世界大戦の生き残りはすでに80代と90代。高齢であることから時間切れになると、地域のラジオで資金提供を呼びかける。州の商店街もあちこちで資金を募る。ボランティアはどんどん集まっていく。
結果として最大のデルタ機を貸しきり、退役軍人とボランティアはワシントンDCへ。彼らは最高の時間を過ごす。アメリカは戦勝国だが、生き残りの軍人はトラウマを抱えていた。数え切れないほどの薬を服用し日々明るくすごくハービーは、硫黄島の生き残りである。悲惨なヨーロッパ戦線の生き残った人、足がない人も当然いる。戦争中、餓死ぎりぎりでタイム誌の写真に載ったジョー。
ここに集った第二次世界大戦を生き残った軍人は、いまだ、なんらの傷を抱えていた。
それに対して、周囲に人たちは、限りなく優しい。彼らがワシントンからウィスコンシンの空港に到着したとき、空港に入りきらない人たちが出迎えた。その先頭は今の軍人である。
アメリカは勝者だからこういうことができる、という声もあるだろう。日本ではこういう取り組みは不可能かもしれない。
日本が第二次世界大戦を考える際には、国際社会の対象としたマクロの視点と、日本のためだと信じて戦った人たちに対するミクロの視点の2つが必要になると思われる。
勝者はこの2つを区別する必要はない。ドイツの場合も思考は逆であるが両者を区別する必要がないという意味では同様だ。
だが日本の場合は、この2つを明確に分離することで、必要ではないだろうか。
第二次世界大戦に対する議論を聞くと、往々にしてこの2つの視点が分離できていないために不用意な問題が起きている気がしてならない。
ミクロの視点に国際社会からの焦点を浴びれば批判されるし、マクロの視点で退役軍人を見ると本人も家族もやるせない。
使い分ける能力と手法が、日本には必要なのだろう。
今年のニュースレターの配信はこれで最後になります。一年間ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
No comments:
Post a Comment